マインドフルネス「.b(ドットビー)」との出会いが、私の人生を変えた

暮らしを整える

※この記事には、うつ状態や希死念慮についての記述があります。つらいと感じる方は、無理に読み進めないでください。

私は今、朝や夜にマインドフルネスを行っています。

瞑想をしたり、自分の呼吸や身体の感覚を観察したり。研究を始める前に、頭と心の状態を確認します。

でも、最初からこうした習慣を持っていたわけではありません。

私がマインドフルネスに出会ったのは、長いあいだ続いた鬱状態から、ようやく「普通に生きる」ための足場を作り始めた頃でした。

その後に出会ったマインドフルネス・プログラムが、「.b(ドットビー)」です。

.bに出会って、躁鬱が治ったわけではありません。

それでも、感情や考えに飲み込まれていた私に、立ち止まって、自分の状態を少し離れたところから見る方法を教えてくれました。

私にとっては、それが人生の受け止め方を変えるきっかけになりました。

自己啓発どころではなかった過去

鬱状態がひどかった頃の私は、「人生をよりよくしよう」と考えられる状態ではありませんでした。

起き上がれない。
眠れない。
食べることを止められない。
自分の身の回りのことができなくなる。

そして、生きていたくないという気持ちに襲われました。

起きてから、眠るまでの1分1秒が地獄でした。

横になったままスマートフォンを眺めて、一時的に気を紛らわせようとすることもありました。

けれど集中力がないので、それすら長くは続きません。

文章を読んでも内容が頭に入らず、記憶力も失われました。

何かを始めるどころか、一日を終えるだけで精いっぱいでした。

実家での経験にトラウマがあり、そのときの気持ちと現在の自分を切り離すこともできませんでした。

人生には良いこともあったはずなのに、思い出されるのは悪かったことばかり。

過去のつらい場面を何度も頭の中で繰り返し、そのたびに、今の自分まで傷つけられているような感覚がありました。

こうした状態は、高校生の頃から修士課程1年頃までの9年間、形を変えながら長く続きました。

まずは「普通に生きる」ことを目指した

修士課程2年から博士課程1年頃にかけて、私はまず、普通に生活できる状態まで戻ることを目標にしました。今の旦那さんに出会ったのが修士課程2年の頃で、旦那さんのためにも生きることを頑張りたいと思えたことがきっかけでした。

大きな夢や理想を追う前に、眠ること。
起きること。
食事をすること。
必要なことを少しずつ行うこと。

そのために、自己判断で薬をやめないことを意識しました。薬を飲むのは当たり前だろと思うかもしれませんが、不眠や過眠、起き上がることさえできない時は、今が何時なのか、いつ薬を飲む時間だったかを思い出せないのです。

眠れないときには、処方された睡眠薬もきちんと飲むようにしました。

それでも初めの頃は、夜中に何度も目が覚める中途覚醒に悩まされました。

薬を飲んだから、翌日から突然元気になるわけではありません。

少し良くなったと思ったあとに、また何もできなくなることもありました。

それでも、日々コーピング(別の記事で書きます)を試しながら、自分が少し楽になる方法を探していきました。これまでに形成されてしまった認知の歪みに気づく(すごく苦しみを伴いました)、歪みをどうやって取り除くか考える実践する効果を書き留める、そんな日々でした。

「これをすれば完全に回復する」という方法があったわけではありません。

その日できそうなことを一つずつ試し、少しずつ生活を作り直していきました。

「普通に生きる」から、「よりよく生きる」へ

長い時間をかけて、私はようやく、日常生活をある程度送れるようになりました。

もちろん、調子の波は残っていました。

それでも、ただ一日を生き延びるだけではなく、

もう少し穏やかに生きたい。
自分の人生を、少しでも良い方向へ動かしたい。

そう思えるようになりました。

そこで私は、カウンセリングを受けました。

その中で紹介してもらったのが、マインドフルネス・プログラムの「.b」でした。

瞑想・マインドフルネスの存在は以前から知っていましたが、呼吸に集中するってどういうこと? と、難しすぎて挫折したことが何度かあったので、ちょっと不安もありながら学び始めました。

当時、大学では週に一度、.bについて学ぶ勉強会が行われていました。

私はそこに参加し、マインドフルネスを少しずつ学び始めました。

.bで練習したこと

「.b(ドットビー)」とは、英国のMiSPが開発した、11歳から18歳の子どもや中高生を対象とする10回制のマインドフルネス教育プログラムです。名称は「Stop, Breathe and Be(立ち止まり、呼吸をし、ただある)」という基本の練習に由来しています。

私がこの.bを通して学んだのは、嫌な感情を無理に消す方法ではありませんでした。

悲しい気持ちをなくすことでも、つらい過去を忘れることでもありません。

私が練習したのは、嫌な感情や考えが現れたときに、

「今、私はこんなことを考えている」
「今、私の中にこんな感情がある」

と気づくことでした。

それまでの私は、嫌な考えが浮かぶと、それを事実そのもののように感じていました。

「私はだめだ」と思えば、本当に自分には価値がないように感じる。

過去のつらい出来事を思い出せば、まるで今その過去の場にいるかのように苦しくなる。

自分と、自分の中に浮かんだ考えを切り離せなかったのだと思います。

.bでは、呼吸や身体の感覚、今聞こえている音などに注意を向けました。

考えが別のところへ行っても、失敗だとは考えず、気づいたら再び今この瞬間へ戻る。

それを何度も繰り返しました。

私はこの練習を、感情に流されそうなときに一度立ち止まる力を育てるものとして受け取りました。

嫌な気持ちと、少し距離を取れるようになった

.bに出会ったからといって、嫌な感情がなくなったわけではありません。でも、それでいいんです。

マインドフルネスは心を空っぽにすることではないのです。

過去のことを思い出して苦しくなる日もあります。

悪いことばかり考えてしまう日もあれば、マインドフルネスをする余裕すらない日もあります。

それでも以前とは、少し違うことがあります。

嫌な気持ちが現れたときに、

「この感情は、ずっと続くものではないかもしれない」
「今、私は過去のことを思い出している」
「頭の中に浮かんだ考えと、現実は同じではない」

と気づける瞬間が、少しずつ増えました。

感情に飲み込まれないようになった、とまでは言えません。

ただ、飲み込まれている自分に気づけることが増えました。

その小さな違いが、私にとってはとても大きなものでした。

また、苦しい気持ちをすぐに解決しようとするのではなく、

「今、苦しいんだな」

と、そのまま認めることも少しずつ覚えました。

自分を無理に前向きに変えなくてもいい。

まずは、今の自分がどんな状態なのかに気づく。

それだけでも、気持ちとの関係は少し変わるのだと知りました。

「.bに出会って人生が変わった」と書くと、何か劇的な出来事が起こったように聞こえるかもしれません。

勿論、病気が突然なくなったわけではありません。

今でも躁鬱の波はあります。

朝から動ける日もあれば、何もできない日もあります。

マインドフルネスをすれば必ず元気になれる、というわけでもありません。

治療や服薬の代わりになるものでもありませんでした。

それでも、私には新しい選択肢ができました。

苦しい考えに飲み込まれたときに、呼吸へ戻ること。
身体が今どんな状態なのかを感じること。
過去ではなく、今いる場所を確認すること。

そして、感情そのものと、自分自身を完全に同一視しないこと。

人生から苦しさが消えたのではなく、苦しさとの付き合い方が少し変わったのだと思います。

変わった自分に、私自身がいちばん驚いた

マインドフルネスのプラクティスを始めた頃、私は、自分が大きく変わるとは思っていませんでした。

呼吸に意識を向けること。
身体の感覚に気づくこと。
考えが逸れたら、また静かに戻ってくること。

一つひとつは、とても小さな練習です。

実際、練習中に別のことを考えてしまったり、落ち着くどころか、かえって自分の苦しさに気づいたりする日もありました。

それでも、できる範囲で続けていきました。

すると、ある日突然というより、日常のふとした瞬間に、以前とは違う自分に気づくようになりました。

嫌なことがあっても、すぐにすべてを投げ出さなくなった。
スマートフォンを反射的に開きそうになったとき、一度置けるようになった。
文章を読み、数学を考える時間が少しずつ戻ってきた。
温かいごはんや、穏やかな時間を「ありがたい」と感じられるようになった。

以前の私なら、感情に飲み込まれていたはずの場面で、一度立ち止まっている自分がいました。

その姿を見つけるたびに、

私は、こんなふうに変わることもできるんだ。

と、私自身がいちばん驚きました。

もちろん、今でも動じることはあります。過去の記憶に引っ張られる日もあれば、スマートフォンを長時間見てしまう日もあります。

けれど、以前とまったく同じ場所に戻ったわけではありません。

私の中にはもう、呼吸へ戻ることも、自分の状態に気づくことも、目の前にある小さな幸せを見つけることもあります。

マインドフルネスは、私を別人にしたのではありません。

苦しさの奥に隠れていた自分を、少しずつ取り戻す手助けをしてくれたのだと思います。

そして今もプラクティスを重ねるたびに、自分の中にまだ知らない変化が残されていることを、少し楽しみにしています。

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